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◆ 反省し謝罪すること(広義の反省)

  • 2007/06/28(木) 14:40:52

さらに反省の仕方について、一歩先に進めて考えていきます。それは、何か悪い行為をした時に、その被害を受けた相手がいる場合についてです。その場合、心の中で、「悪いことをしたなあ。自分の責任だ。今後はそうしないように注意しよう。」と、振り返り反省しただけで、果たして良いのでしょうか、という問題です。

ある意味、ここまで、心から反省できていれば、かなり反省心が育ってきているので、人としてかなりの成長であり、善悪の判断力についても格段に向上していると言えます。しかし、ここまででは、「反省した」とは言えなく、敢えて言うならば“中途半端な反省(状態)”、“自己満足の反省”ということになります。では、どこまですれば「反省した」、と言えるのでしょうか?

「反省心を持って、その相手の前まで行き、心より謝罪の言葉を声を出して述べ、頭を下げて詫びること」

ここまで出来て、反省という行為が完了したものと言えます。これは、生きている人間にとって、ある意味、困難な行為であり、出来ればあまりしたくない、避けたい行為ではないかと思います。表向きの形式的な謝罪であれば、社会生活を送っている中で、経験していることと思われますが、心より謝罪する、という行為は、なかなか難しく、敬遠されがちなものです。自分の責任であると認めることですら重荷であるのに、さらに相手の前に行って心から謝罪するとなると、ウルトラC以上の困難さを感じる方もおられるかもしれません。

しかし、この一連の反省(広義の意味での反省)をすることで、悪いことをした事をしっかりと認識できると共に、なぜそのようなことを自分はしてしまったのか、してしまうのか、という事をしっかり振り返ることで、自分の実像の一端(悪い一面)も理解することができます。
しかも、実像の一端、つまりは自分の悪い点を自らが認識し、受け容れることで、その悪い点が発動しないように注意して行動できるようになるので、不用意に同じ過ちを繰り返す可能性も低くなります。こういう状態になれば、「しっかりした反省ができている」、と言えるのです。

「反省し謝罪する」、という行為は、一朝一夕に習熟できる代物ではないので、日々の修練が必要になってきます。子供達に一歩一歩わずかであっても成長をして欲しいと思うならば、気の長い気持ちを持って、正しい反省の仕方を教えてあげ、一緒に実践することが重要になってきます。
また、子供は親の背中を見て育つ、と言われるように、子供は常に親の行動に関心を持ち、ちゃんと反省をしているのか、その行為に矛盾はないのか、をしっかり見ていることを、親は肝に命じなければならないでしょう。

今、いじめは確実に行われています。ここでは、いじめの原因に、「善悪の判断ができなくなってきている」を挙げ、その対策に、「正しい反省の仕方を学び、反省謝罪する習慣をつける」としました。反省謝罪をすることで、自分の中の悪を見つめ、悪を学ぶことにより、善悪を判断できるようになる子供が増えれば、いじめは減り、いじめが起きてもそれを阻止するような人間関係ができてくると考えます。

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