スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

◆ 「空気を読め!」は、いじめられた人間以外を擁護する

  • 2007/10/12(金) 18:57:05

前述した通り、「空気を読め!」とは、「場の雰囲気優先主義」であります。周囲の了解なしに突出することは許されない、という保守的で横並びの発想から来るもので、小心者の考えと言うことができます。

ある学校で、いじめの事件調査のために、いじめられた生徒以外の生徒にも調査したい、との打診を教育委員会がしたところ、PTAの反対と次期担任の反対があり、頓挫してしまった、というケースがあったそうです。

次期担任の反対の弁は、「私は、他の子供が全員傷ついていると思っているんです。だから、聞くこと自体が私は子供を傷つけると思っているんです。」という内容で、終わったことに対して、もうこれ以上関わりたくない、という主旨のようでした。これは、どういうことかと言えば、弱者は救済しないで、大多数の強者を救済したい、と、解釈してもいいと思います。また、いじめという行為に対しての重み、被害者の苦しみに対して、この教師は軽く見ていることも窺い知ることができ、教育の現場で人の成長に携わる人間としては不適格と考えざるを得ないでしょう。

「いじめがあったからって、他の生徒の迷惑になるのだから、事を荒立てるなよ!」

次期担任は、恐らくこういった考えの持ち主であったと分析されます。この考えの根底にあるのは、いわゆる「空気を読め!」であります。「悪い事件であったとしても、他の大多数の人間に迷惑や影響を与えるならば、空気を読んで、なかったことにしよう、場の雰囲気を最優先にしよう、泣き寝入りをしてくれ」、というものです。これは、教育現場のみならず一般社会、会社生活においても蔓延している悪しき慣習になっています。そして、この悪しき慣習を悪しき慣習であると糾弾し、その慣習を止めさせようと、率先垂範する人間もいません。この慣習は、一部の利得を得ている強者の論理であり、到底許されるべきものではありません。

次期担任は恐らく、学生時代から空気を読め、という考えに無意識下で心酔し、常に大多数派に付く、という行動をしてきた人物だと推察されます。もし仮に、教育委員会の調査を受けます、との言を述べれば、PTAや学校関係者から非難を浴び、吊し上げられる可能性があるわけで、善悪で判断したというよりも大多数派につくという安直な選択を行使したと言えます。

「空気を読め!」と言える人間は、強者であり、みなのコンセンサスを取ることに長けている、この世の中で言えば、好人物、とされる人です。みなに好かれている、支持されている、イニシアティブがとれる、と高慢になっているタイプの人間で、人の弱みや痛みを心の底からは理解できない、上辺だけを取り繕い続けている卑しい人間とも言えるでしょう。

今の時代、この腐敗しきった社会において、私も含め、こういった卑しい部分を必ず持っているわけで、これは、保身から来るもの、自己中心性から来るもの、であり、まずは己の心と向き合って反省していかなければいけないと考えます。

「私はそんな考えはないし、人へのおもいやりもある」と反論されてくる方もおられると思いますが、この腐敗社会の中で生きている以上、環境に感化されないはずはないので、過信による自己評価をしないで真摯に自己と向き合って頂きたいと思います。

人気ブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ いじめ・登校拒否へ
↑↑↑ ランキング参加中!応援クリックお願い致します!

スポンサーサイト

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。