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◆ いじめがおもしろいから

  • 2007/09/21(金) 23:21:35

3のいじめがおもしろいから、ですが、これは、「テレビ等の影響により、いじめやいじりはおもしろいものだ、と刷り込みを受けている」という背景から、いじめが肯定される雰囲気になっていると考えます。知らず知らずのうちに、自分の心の奥底に「いじめはおもしろい」という概念が刷り込まれて、いじめをするのも、いじめられている様子を見るのも、おもしろい、になってしまっているのでしょう。

なぜ、そのような刷り込みを受けてしまっているのでしょうか?

・テレビに出演する芸人のいじめる様子やいじめられる様子がおもしろおかしく演出されている
・テレビの中の世界と、現実の世界とを混同している風潮(情報の選別ができなくなっている)
・おもしろ至上主義を絶対的なものとして、おもしろければなんでもあり、おもしろければ許される、という風潮を我々国民が容認してきた
・おもしろい人間が権力を持つ時代になってきた
・法律に抵触しなけば、なんでもあり、の風潮
・欲に満たされていて、暇を弄ぶ時代
・大人世代の腐敗、国民の質の低下

以上のように、見当がつくことを挙げてみました。

いじめを特集とする番組で、ある子供が驚くような発言を坦々と答えていました。

「いじめるのが楽しくなって、やっていたら、仲間にもされた」

この子供が決して特別であるわけではなく、恐らく日本全国中の子供達が同様に抱いている感覚なのだろう、と、解釈できます。いじめるのが楽しい、いじめるのがおもしろい、これは、テレビを中心とするメディアが喧伝してきた悪い成果であり、ここまで洗脳させてしまった大罪に対して認識し反省する必要があります。と同時に、そういったメディアに対して、我々大人世代は、大筋容認してきたわけで、監視機能という意味においては、機能不全であったことを強く反省せねばならないでしょう。

いじめをすることで仲間にされる、という現実にも注目しなければなりません。ある人間をいじめれば仲間として認め、いじめることができなければ仲間として認めない、いわゆるいじめを踏み絵にしているということです。ちゃんと踏めれば仲間であり、ちゃんと踏めなければ仲間ではなく、いじめの対象にされてしまうわけで、これはある種の拷問であり、腐敗しきった人間関係を露呈していると言えます。「いじめができなければ、人間関係を結べない。」、という悲しい現実。

いじめはおもしろいものでもなく、楽しいものでもなく、卑劣極まりない悪しき行為です。メディアによる悪しき喧伝により、いじめが正当化され、あたかも権利を獲得したかのような扱いになっておりますが、これは作られた虚飾の世界であり、デタラメであると言えます。前述した通り、道理で判断すれば、明確に悪しき行為であるわけで、世間の風潮に動じない認識が必要です。

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